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<ドイツのクリスマスの習慣を理解しよう②>

クリスマスのデコレーションいろいろ

~アドベント・クランツ、アドベント・カレンダー、クリスマス・ピラミッド、クリスマス・ツリーなど~

新潟日独協会 桑原 ヒサ子

 クリスマスの季節が近づくと、ドイツの家庭ではどんな飾り付けをしてクリスマスを迎えるのでしょうか。今回は、最も大切なクリスマス・ツリーを含めたクリスマスのための飾りの意味と歴史的背景について考えてみましょう。

 

1. 待つために

 

アドベント(Advent=待降節)とは何か

 クリスマスはドイツでは、一年で最も素晴らしい時。静かに瞑想しながら家族で祝うキリスト降誕の祝祭。

 [なぜ最も素晴らしい季節と考えてきたのか?キリスト教とは別な意味もある]

 クリスマス前のアドベント期間は、数百年の歴史をもつクリスマス市(Weihnachtsmarkt=ヴァイナハツルクト)と結びついて中心街が明るくにぎやかになる時期。

 

<歴史>

 クリスマスを準備するキリスト教的背景があり、その習慣は5世紀まで遡る。→フランシスコ会修道士がイタリア以外に広める→1570年、教皇ピウス5世が12月25日前の4つの日曜日をアドベントとして祝うよう世界中に広めた。(12月24日が日曜日の場合は、その日を第4日曜日とする)

 2019年は12月1日がクリスマス前の第一日曜日で、その日からアドベントが始まる。

 

(1) アドベント・クランツ(Adventskranz=アドヴェンツクンツ)

 アドベントを見える形にしたものが、アドベント・クランツ。どの家にも飾られ、クリスマスを迎える雰囲気を高めるために不可欠。もみの木の枝を王冠状にして、小さな人形、金属箔のモールやリボン(あるいは乾かしたオレンジの皮、シナモンの樹皮も)で美しく飾り、等間隔に4本の(赤、金色、白い)ロウソクを立てる。日曜日ごとに、ろうそくに火をつけてクリスマスを待ちます。(写真左下)

 

 用意する時期は、アドベントの第一日曜日の2、3日前で、クリスマス・イブないしクリスマスの日くらいまで飾っておく。その習慣が一般に定着するのは1839年、北ドイツのプロテスタント神学者で教育者のヨーハン・ヒンリヒ・ヴィヒャーが導入してから:彼のアドベント・クランツは20本の小さな赤いロウソクと、4本の大きな白いロウソクが立っていた。(写真右下)ハンブルクの矯正院の祈祷室に置き、子どもたちにクリスマスを待つことと、数を学ばせた。

 

象徴的意味:

ろうそくの火がイエス・キリストの誕生、もみの木の緑は希望、円環が永遠の生命を表している。

カトリックではアドベント・クランツの導入は遅く1925年ごろから。

世界最大のアドベント・クランツは直径8m、2mのロウソクが立つカウフボイエルン(バイエルン州)に飾られる。

(2) アドベント・カレンダー(Adventskalender=アドヴェンツカンダー)

 アドベント・カレンダーもアドベント・クランツ同様にクリスマスまでの待つ楽しみを感じるためのもで、特に子どもたちがもらう。

 

<歴史>

 今日一般に知られている窓を開けるタイプのアドベント・カレンダーは1920年に初めて印刷された。

 アドベント・カレンダー成立のエピソード:1881年にマウルブロン(西南ドイツ)生まれの牧師の息子、ゲールハルト・ラングはクリスマスには興味のない子どもだった。それで、母親が厚紙に四角形を24個書き、一つ一つにクッキーを縫い付け、24日後に幼児キリストが生まれるまで、毎日1つずつクッキーを食べることを許された。

 

 1904年、これに着想を得て、ラングはミュンヘンで初めて印刷されたアドベント・カレンダーを作成した。当時は「クリスマス・カレンダー」と呼ばれ、2つの部分に分かれていた。一方には24の宗教詩が書かれ、一方には24の絵が描かれていた。毎日子供たちは1枚ずつ絵をはがし、それに対応する詩に張り付けた。クリスマス・イブの絵は幼児キリストだった。(写真左下:すでに絵を宗教詩の上に張り付けた状態)

 

 1920年以降、窓を開けると絵が見えるカレンダーを売り出し、さらに、扉を開くとチョコレートをもらえるアドベント・カレンダーへと変遷した(1958年)。

 ドイツの占領軍兵士が帰国し、アメリカへも広がっていく。

 

 教会の暦によるアドベント・カレンダーは、クリスマスまでのもの、あるいは三賢王の礼拝の1月6日までのものがある。バリエーションとして、洗濯ひもに24個のカラフルな封筒や包み紙でくるまれた小さなプレゼントを吊るすタイプもある。

(3) クリスマス・ピラミッド(Weihnachtspyramide=ヴァイナハツピラーデ)

 室内およびクリスマス市のデコレーション。1階建て(20~30cm)(写真右下)から数階建て(2m以上)(写真左下)のピラミッド構造で、ロウソクの暖気が上昇して上の羽根が回転する。台座には、天使や幼児キリストの誕生などクリスマス物語に関係する人形のほか、鉱夫や森に係わる人形が飾られる。

 

 鉱夫やきこりの人形が飾られるのは、クリスマス・ピラミッドがエルツ山岳地方に由来するから。エルツ地方の人々の主たる職種は鉱業だったが、収入が乏しかったことから、18世紀に豊富な木材を使って製作し始め、副収入とした。

 

 1930年代までは専ら室内装飾だったが、1933年以降、エルツ地方で屋外用クリスマス・ピラミッドも立てられるようになる。ドイツにある屋外クリスマス・ピラミッドは400以上を数える。(写真中下:エアフルトのクリスマス市に立つクリスマス・ピラミッド)

2. クリスマス当日のために

 

(1) クリスマス・ツリー(Weihnachtsbaum=ヴァイナハツウム)

 クリスマス・ツリーはもともとキリストの誕生とは何の関係もなかった。さまざまな文化圏で常緑樹は生命力、永遠の生命を体現し、緑の植物を家に飾ることで邪気を払い、健康でいられると大昔から信じられてきた。古代ローマでは、冬至に常緑樹を飾って太陽神をあがめ、北方地域ではもみの木の枝を家に飾り、悪霊の侵入を防いだ。緑色は春の再来への期待でもあった。

 

<歴史>

 クリスマス・ツリーは16世紀の記録に登場する。プロテスタントでクリスマス・ツリーが習慣化されると、あっという間に広まっていく(18世紀)。一方、カトリック教会は、ヴァイナハツ・クリッペに長いことより大きな意味を見出していたので、ドイツのカトリック地域ではクリスマス・ツリーは19世紀末にようやく登場する。

 

 19世紀後半になると、もみの木やトウヒの森が造られ、都市での需要にも応えられるようになる。19世紀にはクリスマス・ツリーの習慣はドイツから世界中に広がっていった。

 

<飾り>

 17世紀初頭は、お菓子、リンゴや木の実。光り輝く効果を出すために、リンゴや木の実は模造金箔で包まれた。1611年にはロウソクが飾りとして導入される。

 

 19世紀から一般家庭にもクリスマス・ツリーの習慣が広がる。19世紀にガラスの飾り玉やラメッタが使われるようになると、クリスマス・ツリーの飾りももともとの飾りから色とりどりのガラスの装飾や木製の人形、それに藁の星に変わっていった。藁の星はもみの木の頂点に取り付け、ベツレヘムの星の印となる。

<クリスマス・ツリーの販売・購入、種類、数量と値段、期間、始末、その他>

 販売・購入はクリスマスの約4週間前に始まる。地元の山林経営者の所で秋に欲しい樹を探しておき、クリスマス間近に自分で伐採すこともできる。早く購入すると落葉するので、クリスマスの2週間前がよいとされる。

 

※2018年のデータによると、ドイツ人の47%(2017年は56%)は樹木市場や特定の販売所で購入し、26%(2017年は22%)は自分で樹を伐採し、10%(2017年は6%)はネットで購入し、14%はクリスマス・ツリーは飾らない。

 

 

最も好まれる種類:

ノルトマンもみの木(80%)で、次がトウヒ。ノルトマンもみの木は85%が国産で、15%は輸入(デンマーク)に頼っている。ノルトマンもみの木は、成長が一様で、葉が柔らかく、葉の日持ちがいい。匂いもほとんどない。

 毎年約2,800万本のクリスマス・ツリーに6億1600万ユーロ支出されているので、1本平均約22ユーロ(=2,648円)となる(2006年のデータ)。

 

写真:

今年のネットで販売されていたもみの木。

左がノルトマンもみの木、28.99€(=3,489円)。右がブルー・トウヒ、1.3m~2mで12.99€(=1,562円)

飾る期間:

普通は12月24日の正午に樹を立てて飾り付け、プロテスタントでは1月6日(キリストの顕現の日)に、カトリックでは2月2日(キリストの洗礼の日)に片付ける。クリスマス・ツリーを立てるのは、どんなに早くてもアドベントが始まってから。

 

始末:

地域のゴミ収集により年明けの2週間以内に、飾りを取り除き玄関前に置かれた樹は回収される。リサイクル加工工場で燃料になり、火力発電所で電気となる。500本のクリスマス・ツリーは1,000リットルの暖房用オイルに変わり、1家庭の1年分の電気を供給する。

 

樹の成長:

種子から2mのクリスマス・ツリーになるまで、種類によって差はあるが8~12年かかる。松かさから採取された種子は、養樹園で苗木になり、3~4年経って若木となると山林経営者ないしクリスマス・ツリー企業に販売される。その後の樹木の成長と形は、土質、気候条件、樹木に対する手入れで左右される。 

                     

 

写真左:

販売を待つもみの木

 

写真右:

クリスマス・ツリーのスタンド。普通丸形で、水を満たすことができる大きな植木鉢に似ており、金属の支える仕掛けがある。ネジで支えるタイプ、針金で縛るタイプ、錐を指すタイプがある。

(2) キリスト降誕のジオラマ(Weihnachtskrippe=ヴァイナハツ・クリッペ。クリッペとは幼児キリストが横たえられた飼い葉おけのこと)

 キリスト教の初期からキリストの誕生場面は立体的に表現されていたが、表現されていたのは幼児キリスト、牛とロバだけで、中世になってからマリアとヨセフ、それに三賢王が加わった。その後さらに、告知する天使、羊飼いと羊も置かれるようになる。

 

 1223年アッシジの聖フランチェスコは洞窟に本物の牛とロバを配してクリスマス・クリッペを作り、洞窟に集まった人々にクリスマス物語を容易に理解できるようにした。

 

 家庭にも飾られるようになるのは、19世紀初めで、富裕な市民でなくとも自宅に飾れるようになるのは、人形が安価な材料で作られるようになる19世紀末以降。

 キリスト降誕の立体的場面は、教会、家庭、屋外に設けられ、普通はクリスマスから三賢王の祝祭まで飾られる。